Do you love me?



               
〜時を越え、実る〜

                                                        作・ORE

 ここは、隆山…俺の彼女「柏木 楓」住んでいる町。

 俺が始めて鬼を解放した町…。

 俺は鬼に体の主導権をとられた後、必死にもがいた。

 自分の心の中にある檻の中で、楓ちゃんを悲しませたくない、楓ちゃんが待ってるんだ、と叫び続けた。

 どれほど隆山から離れたんだろう俺が目を覚ましたところは全然見たことも無い場所で鬼を制御した事を知った…。

 その場所で俺はいろいろ考えた。

 このまま隆山に戻っても良いんだろうか?ひょっとしたら楓ちゃんだけでなく他のみんな…特に千鶴さんを苦しめる事になるんじゃないだろうか?ずっとそんな事を考えていた。

「はぁ、でもここまで戻ってきたんだ…覚悟を決めるしかないだろう…」

  俺は自分に言い聞かせるように言い放つと、従姉妹たちが住んでいる柏木家に足を向けた。

「ここからなら何とかわかるな…案外離れてなかったのかも… … …」

 鬼になった俺はとにかく走り回った、自由になった体、体の奥底からマグマのように熱くなった体をひたすら酷使させた…、それから俺の意識は昔俺が作った檻の中に閉じ込められてしまった、そこからの記憶は無い。

 それでも、俺はただ楓ちゃんに会いたい…そう願いながら檻の中で眠りに着いた。

「ふぅ、雨月山か…全然かわってないなぁ」

 雨月山には俺の、俺たちの先祖である次郎衛門の墓がある。

 次郎衛門…俺の中に眠っている鬼の名前。

 奴は何故だか判らないがあの時、俺の言う事を聞いた。

『楓ちゃんだけには手を出すな!!』
 それは、いったいいつの事だったろうか…覚えてはいるのだが、あれからどれだけ時間が過ぎたのかがわからなかった、ふとそのときに起こった事が頭の中に鮮明に蘇る。



 チヅルと呼ばれた同族の女は俺の方を見ると。

「耕一さん…あなたを、殺します…」
 チヅルにそう言われた瞬間、俺の中にあった理性と呼ばれるものが弾けた、体が熱い…まるでマグマの中につかっているかのように。

「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」

 俺は歓喜に打ち震え、体中の酸素を全部使い咆哮(さけび)を上げた。

「姉ぇさん!!」

「とめたって無駄よ楓…この人は耕一さんは鬼に体を乗っ取られてしまった、町で暴れる前にここで止めないと町の人たちに被害が出てしまうわ!」

「でもっ!!」

 カエデはチヅルの言う事を聞きもしない…フッこれから殺されると言うのに俺の生き死にを心配しているとはまったくおめでたい奴らだ。

「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

 俺は再び咆哮をあげた、瞬間ビクッとチヅルの体が跳ねた。

「これでも、この人を耕一さんだと言えるの!?」

 言うや否や、チヅルは邪魔されてはたまらないと俺のほうに走り出した、常人には見えんだろう恐ろしい速度で。

「ふっ!!」

 チヅルの右手を受け流し、はらって俺は手刀を叩き込む。

「うぁ!?」

「グルルルルルゥゥゥゥゥ!!」

「姉ぇさん!!」

 チヅルを支えるカエデ、支えてくれたカエデを払いのけるとチヅルはまた俺に向かって走り出した。

「はっ!!」

 『ガシッ』

「!?」

「グァァァァァァァ!!」

 俺はチヅルの攻撃を受け止め放り投げた。

 『ズシャァァァァァァァァァァ!!!!!!』

 そのまま、チヅルは何メートルも地面を滑った。

「耕一さんがこれほどまで強くなるなんて…予想外だったわ」

「姉ぇさんしっかりして!!」

 カエデがチヅルに近づいていく、どうしてだろう俺はカエデにだけは攻撃を仕掛ける事ができなかった…まだ柏木 耕一の記憶が残っているせいだろうか?

「でも、たとえ刺し違えてでも…私は耕一さんを止めなければならない!!」

 刹那、俺にも見えぬ速さでチヅルが駆け出していた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 この時、俺は死を覚悟していた…チヅルを舐めていた自分の落ち度のせいだった。

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 チヅルが攻撃を繰り出す前にカエデが俺の前に両手を広げて立ちふさがる。

「かっ楓!?」

 チヅルの一撃は止まらなかった、その時俺は自分でも信じられない事をしていた…。

 『がぎん!!』

 俺の手がカエデを庇うようにチヅルの攻撃を防いだのだ。

「耕一…さん?」

 カエデは俺の目を見るように囁いた…ふと俺の中にいる柏木耕一の声が聞こえる。

『楓ちゃんには手を出させない!!』

 おぼろげに覚えていた事をはらい除き、俺は自分の中にある柏木耕一の力に負けてカエデから離れていた。

「耕一さんなんでしょ?…私を助けてくれたんですよね?」

 俺は何も言わずに立ち去ろうとした…しかし体が動かない。

「私、忘れませんから貴方と交わした約束を…」

『約束…?俺はもとより、柏木 耕一もそんな物をした覚えは無いはずだが…』

 俺はこの場にいる事はよくないように思い、無理やり飛翔した。

 そして俺が去っていくその背中をみつめてカエデは呟いたのだ。

「耕一さん…きっと戻ってきますよね?私それまで待ってますから」

 俺は空高く飛び上がった、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み…。

「グ、グォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

 すべての空気を搾り出すように雄叫びをあげる。

 これからは理性などという檻にとらわれる事も無い、すべて自由なのだ。

 そう思うと体が歓喜に打ち震えた、さぁ夜はまだ始まったばかりだ…。

 だが……何かが頭の片隅に引っかかっていて本調子が出ない……。



 そしてそれからしばらくして「柏木 耕一」の意識は急に開放された。

 俺はしばらくあたりを見渡したが全然見たことも無い風景に驚いたがそれでも俺にはやり残した事がある

 「楓ちゃんに会わなければ…」

 その言葉だけで俺は歩き始めた、さっきまでとは違い自分の意思で歩き、走り、飛ぶ事ができる。

 目指すは…隆山。


 俺は考えているうちに柏木家に着いた事がわかった、見慣れた門、外見だけで一般人を退かせるだろう屋敷。

「帰ってきたんだ…」

 門の前で俺は一人呟く…これから俺はどうしようと言うんだ?屋敷の中に入ったらみんなどんな顔をして俺をみてくるのか、それを考えると躊躇してしまう。

「出直すか…」

 門に手を伸ばしかけたところで手を引っ込め背中を向け俺は今来た道を戻る事にした。

「どうせだから、最後に次郎衛門が眠っている神社に行くとするか」

 本当は行く気は無かった、さっさと自分の住んでいる町に戻って今までの事を忘れたかったんだが、何故か俺の足は神社に向かおうとする。

「きっと俺の中に残っている次郎衛門の血がそうさせるんだろう…」

 少し早足気味に俺は神社へと向かった。



 神社には意外と早く着いた、何度も来たせいだろうか?

 階段を上っていく…この前来た時、次郎衛門の墓はこの階段を右にそれた所にあった。

 そこで俺は足を止める、心の中では『ひょっとしたら…』なんて考えがよぎる。

 本心では行きたがっているのだが、俺は自分の考えている可能性に恐怖して無理矢理に本堂のある場所まで歩いた。

「久しぶりに来たのに何にも変わってないなぁ」

 鳥居をくぐったところで住職に会ったので挨拶をする事にした。

「こんにちは、お久しぶりです」

「???」

 住職は誰ですか?といわんばかりに首を傾げた。

「柏木 耕一ですよ、以前に一度お会いしたでしょう?」

「ああぁ耕一君ですか、もう何年もお会いしてなかったものですからすっかり昔の面影と変わられてわかりませんでしたよ」

 何年も?いったいどういうことだ?

 今度は俺が尋ねる番だった…。

「すみません、最後に住職にお会いしたのは何年前ですか?」

「ええっとですね貴方がこちらに来たのは…そう十数年前の耕一君が子供の頃に一回ですかねぇ確か」

 !?俺が子供の頃?そんな…確かに十数年前に俺は爺さんと婆さんの葬式に出たからここを訪れたはずだが… 一瞬住職がからかっているのかと思ったが、この人の良い住職がそんな事をするはずが無かった。

「ひょっとして、耕一君はお父さんの遺骨を見に来たのですか?それでしたらこちらではなくて柏木さんの所にいかれたほうが良いですよ」

 良くない考えが俺の頭の中をよぎった。

『ここは、過去の世界か?』

 いったい何の経緯でかは俺には到底理解不能だが、そうとしか考えることができなかった。

「そうですか、わかりました向こうの方に行ってきます」

「はい、すみませんねぇせっかく足を運んでくださったのに無駄足にしてしまいまして…」

「いえ、良いんですよそんなこと、じゃあまた近いうちに来ますね」

 俺は一礼して神社を去った。



 俺は自分の考えた事に少しだけ、そう本当に少しだけだが「ゾッ…」とした。

「いったい、俺に何をさせたいんだ…次郎衛門」

 いくら鬼の血が混ざっていると言っても俺は普通の人間なんだ、ならこんなマネができるのは鬼の血を直に受けている次郎衛門の力でしかないだろう…。

「…とりあえず、住職の言っていた事が本当ならみんなのいる家に行こうか…」

 納得できない物も無いとは言い切れないがここで考え込んでいるよりはましかもしれない、もし本当に過去に戻ってきたのなら俺はやり直さなければならない事がある、楓ちゃんと一緒に生活をしたい。

 それができるのならどれだけ幸せであろうか? 少なくとも俺はあの時楓ちゃんを苦しめた…ならこの世界で俺の中のエルクゥの血を制御する事が俺に与えられた使命なのであろう。

 もし、過去の世界ではなく時が過ぎているだけであったら…それはとても恐ろしい事になる。

 楓ちゃんをさらに苦しめ、千鶴さんも苦しむ事になるのだから。

「俺の人生最大の博打…か」

 そうこう考えているうちに俺は柏木家に着いた。

 震える手で門をノックする。

『コン…コン…』

 心拍数が少しづつ上がっていくのが自分でもわかる、心臓が早鐘のようになっていく。

「心臓が破裂しそうだ…」

 それからどれくらい過ぎただろうか、1分?5分か?…自分ではもう時間の感覚が掴めずにいた。

「はぁ〜い!」

 玄関の向こうから初音ちゃんの声が聞こえる、初音ちゃんは俺の顔を見たらどう思うだろうか?久しぶりに訪れた従兄妹に嬉しがるだろうか? それとも自分の姉を苦しめた俺を悲しみに満ちた目で見てくるだろうか?

『ガラガラ…』

「あっ…」

 初音ちゃんの顔が俺を見た瞬間変わっていく。

「耕一お兄ちゃん!!」

 刹那、俺の体にしがみついて来る。

「どっどうしたの!?初音ちゃん?」

「叔父さんが…叔父さんが…」

 それから、少しの間俺の胸で初音ちゃんは泣いた…それは、俺が昔に見た光景と同じだった。

「落ち着いた?」

 初音ちゃんが泣き止んだのを見て俺は聞いてみる。

「ごめんね、シャツが涙で…」

 初音ちゃんは実にバツが悪いといった感じで俺を見上げる。

「いいよ、シャツなんて洗えば済むんだからこれくらいで初音ちゃんが泣き止んでくれるのならいつだって涙で濡らしてくれて構わないよ」

「… … …」

 俺は自分なりに気を使ったつもりなんだが、初音ちゃんは顔を赤らめて直ぐにうつむいてしまった。

「とりあえず、あがっていいかな? みんなにも挨拶をしないと」

「うん、そうだね、あっそうそう…」

「ん?」

「お帰りなさい、耕一お兄ちゃん…」

 いまだに顔を赤らめた状態で初音ちゃんは俺を向かい入れてくれる。

「ただいま…」

 俺はそれだけを言うと初音ちゃんに招かれて柏木家の門をくぐった…。

 

 柏木家の中は実に見慣れたものだった、俺が見た時のままだった。それは俺が過去に帰ってきた事を証明する何よりの証拠だった。

「耕一お兄ちゃんが帰ってきたよ〜!」

 俺が靴を脱いであがろうとした時に靴墨に足をぶつけた、こけてしまった靴墨を元の位置に戻し、『親父のやつだったな』ということを思い出した。

 そして初音ちゃんが皆に俺が帰ってきたことを告げる、それから1分ぐらいしてから皆が俺の前に現れた…。

「よう!久しぶりだな耕一」

「梓、相変わらず元気だな」

「当たり前だろう?私が元気じゃなかったら病気だよ」

 自分で調子の良い事を言いやがる。

「耕一さん、すみません遠い所をわざわざ…」

「千鶴さん…」

「はい?」

「いえ、なんでもないです。それより別に遠いなんて思っていませんよだって電車で直ぐにこれますから」「そうでしたね、ですが遠い事には変わりがありませんから」

 良かった…千鶴さんも俺の良く知っている千鶴さんだ、あの日に見た鬼の力を覚醒させた千鶴さんじゃない。

「…耕一さん」

 静かにかけられる俺の一番聞きたかった声…そう楓ちゃんの声だ。

「楓ちゃん、久しぶりだね元気だった?」

「はい…耕一さんも元気そうで…」

「梓じゃないけど俺も元気だけが取り柄でね」

「…」

 楓ちゃんはうつむいて、そのまま俺の前から去っていった…。

「あっ…」

 その後ろ姿を見ながら俺は小さなため息をついた、あいかわらずだなぁ…俺はそう思っていた。

「とりあえず、居間の方に行って良いですか?ここまで来るのに多少歩き回っちゃったもんで」

「すみません、気づかないで…」

「別に千鶴さんは悪くないですよ、自分の運動不足が情けないぐらいで…」

 そう言うと俺は千鶴さんの後ろに着いて行った、家の中はまったく同じなのだから別に案内が無くとも良いのだが、俺は久しぶりにここに来た事になっているのだから勝手な行動は慎むべきだと考えた結果がこれである。

 しかしながらその時俺の中に妙な違和感があったのだが別に気にも止めなかった。

「後で親父にも会っておきます」

「はい、叔父さまも喜ばれると思いますよ」

 千鶴さんは俺の方を向いてそう言った。

「親父…」

 俺は未来の千鶴さんから親父の死因を聞いている…自分の中の鬼を制御できずに苦しみ苦しみ抜いた結果が酒を浴びまくって車と一緒に投身自殺…以前の俺は何を考えているんだ!?と思っていた、だってそうだろう母さんが病に床した時は全然音沙汰なしで、葬式に一回来ただけ…普通ならこっちに来る事すらなかっただろうに、それでも千鶴さんがどうしても、と言うので仕方なく着ただけだった。

 それが、こっちに来て数日過ぎてから俺は親父の本当の意図を千鶴さんの口から聞いた。

『叔父様は毎夜毎夜、自分の中にある鬼の力に振り回されていてこの調子じゃ妻子に手をかけてしまう…』と。

 ならばいっそと、自分の中の鬼を酒で眠らせ自分は車で投身自殺…親父は俺の思っているような冷血な人間じゃないと千鶴さんにそう聞かされた時は涙すら出てきた。

「親父…」

 俺はもう一度小さく呟いた、それはどんな意味で呟いたのかすら自分にすらわからなかったがそれで良いと俺は思った。
「着きましたよ、耕一さん」

 俺はハッとして前を見た、そこは自分が頼んだ居間の入り口が開いていた。

「すみません、ぼぅとしていて…」

「良いんですよ、実の父親が亡くなった時の辛さは私達も良くわかりますから」

 そうだった千鶴さんの両親も親父と同じように睡眠薬を飲んで車で二人とも投身自殺をしたんだった…。

「…すみません、俺だけが辛いわけじゃないのに…」

 ここに来て何度、謝罪の言葉が出たかわからない。

「今は妹達がいますから…」

「そうですか」

「ええ、でも耕一さんは…」

 千鶴さんは一度躊躇したが、それでも何か決意めいたものを目に浮かべて語りだす。

「耕一さんには周りに肉親がいませんから、ここに呼んだのですこの家なら叔父さまにも会えますし、それに私達がいますから…すみません酷い事を言ってますよね?私」

「良いんですよ、母さんがいないの事は本当の事なんですから」

「せめて、今だけでもゆっくりとくつろいでくださいね」

「お言葉に甘えさせてもらいます」

 俺はそう言うと居間のテーブルに腰をかけた、木で作られた椅子からは自然の冷たさと言うべきか何とも表現しにくい冷たさが今の俺には心地よかった。

「今、お茶を出しますね」

「ありがとうございます」

 俺は千鶴さんの言葉をもう一度反復してみた…『今、お茶を出しますね』だったはず。

 俺の中に不安がよぎる。

「きゃあ!?」

 俺の不安は見事に的中した、どうやら俺に飲んでもらおうとしたお茶をこぼしたようだ、もしくわコップごと落としたかのどちらかだろう。

「大丈夫ですか千鶴さん」

「私は大丈夫ですけど、コップが…」

 どうやら、後者だったらしい。

「すみません、今片付けて新しいお茶を出しますから」

「お茶は俺は自分で淹れますから、千鶴さんはそっちをお願いします」

 かなり、酷な事を遠まわしに言ったなぁと俺はそう感じた、直訳するとこうだ。

『千鶴姉がやるとまたコップを割るからそっちを片づけな!』

 何故か梓の口調になってしまったが気にしてはいけない。

「わかりました」

 しゅん、となって千鶴さんはうなづいた。なんだか悪い事をしたみたいで嫌だったが仕方がない事実危ないのだから。

 俺はしばらく千鶴さんと一緒に茶を飲みながら話をして楽しんだ、他のみんなはなにやら用事があるらしく居間にはこなかった。



 それから、千鶴さんと別れた俺はみんなの部屋を訪れた、最初は梓、次に初音ちゃん…そして。

『コンコン』

 俺は楓ちゃんの部屋をノックした、もちろんエルクゥ独自の信号が部屋の中から感じたので部屋にはいるはず、しかし楓ちゃんはなかなか返事をしてくれない。

「楓ちゃん俺だけど、部屋入っても良いかな?」

 しばらくして…。

『ギィィ…』

 静かに扉が開き、中から楓ちゃんが顔を出す。

「…どうしたのですか?」

 声を危うく聞き逃しそうになり俺は少々焦りながらも、ゆっくりと用件を伝える。

「今晩、楓ちゃんに用があるんだけど付き合ってもらえるかな?」

 一句一句、確実に楓ちゃんに伝わるように話す。

 しばらく、楓ちゃんは考え込んだ後…。

「わかりました」

 そう短く言った。

「じゃあ、今晩…8:00頃に来るから」

「…はい」

 俺は楓ちゃんの部屋を後にした、実は本当はこんな事を伝えに来たわけではなかったのだが、今晩伝えないと俺はすごく後悔してしまいそうなので楓ちゃんにだけでも真実を伝えようとした。

「さて、風呂にでも入るか…」

 今来た通路を逆戻りして俺は風呂がある場所に向かった。

 本当に楓ちゃんにこの事を伝えても良いのだろうか?もしかしたら彼女は受け入れてはくれないかもしれない、それでも俺は彼女にだけは言っておきたかった自分は未来から来たんだと。

「ふう…」

 湯船にどっぷり浸かって俺は溜息をついた、そして色んな考えを整理し終わった直後、頭の中に楓ちゃんの一言が思い浮かんだ…。

『私、忘れませんから貴方と交わした約束を…』

 と、彼女は言ったはずだ…約束、確かにあの時の次郎衛門が言ったとおり俺には約束をした記憶が無い。

 たんに俺が忘れているだけなのか、そうも考えたがどうやらそうじゃないみたいだ確かに俺には約束をしたはずだ、遠い遠い昔に…。

 そこで俺の意識は急に途切れそうになった、俺の中に潜んでいる次郎衛門が目覚めたようだ。

 しかし、その後意識は途切れることなくまるで次郎衛門が自分の過去を俺に見せようとしているようだった。 暗い洞窟のようなところに二人はいた。

『エディフィル!しっかりしろ!』

 俺の目の前にはどこかの異服を身に付けている少女が横たわっていた、面影が心なしか楓ちゃんにそっくりだった。

『ジローエモン…私はもう駄目みたい…』

『そんな事を言うな!待っていろ、今俺の血をお前に分けてやる!』

 次郎衛門は自分の手首をエディフィルの口元に近づけていく、しかしエディフィルは首を弱々しく横に振ると口を開き…。

『私の…中の生命の炎…はもう尽きかけようとしている…ここまで弱った生命の炎はもう消えるしかないの…』

『やってみなければわからないだろう!?なんなら俺の血を全部くれてやる、だからだから…』

 次郎衛門は徐々に消えていくエディフィルの生命の炎を感じてエディフィルにしがみついた。

『もし、それで私が生き…残っても…貴方が死んでしまっ…たら意味が無いの…』

 しゃべることすら辛そうな顔でエディフィルは次郎衛門に話し掛ける…まさに命を賭してでも、という感じだ。

『それ以上しゃべるな!頼むから死に急がないでくれ!』

『良い…のよ、私は…私達は本当は生きている資格すらない生き物なんだか…』

『俺だって、そうだ…俺をこんな体にしてそれで勝手に死ぬんじゃない!!』

『ごめ…んなさ…い、私があんなことをしたから…ジローエモン苦しいよね?』

『ああ、苦しいさ!俺を助けてくれた俺の最愛の女性(ひと)が目の前で死にそうなんだ、すごく辛いさ!!』

 次郎衛門は、もう自分で何を言ってるのかすら判らなくなっていった、それでも良かった自分の胸につかえている物を吐き出せるならなんでも良かった。

『ジロー…エモン…どうか…姉さん達を恨まないで…あげて…』

 エディフィルの生命のがまさに燃え尽きようとしている。

『ああ、約束する…だから、だからお願いだ!死なないでくれぇ!!』

『あり…がと…う、それからもう一つ…』

『なんだ!?』

 次郎衛門の両目からは既に涙が溜まっていた。

『もし、ま…た会えたら…その時は…』

『エディフィル!?』

『その…時…は、私と…一緒、に…』

 そこまで言うと、エディフィルは一言も話さなかった…。

『エディフィル!?エディフィル…?冗談だよな、冗談だと言ってくれ!!』

 次郎衛門の目から涙が止め処なく流れた。

『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…』

 声を押し殺して涙を流す…最愛の女性にだけは見せまいとしていた涙が彼の目から流れる。

『わかった…誰よりも先にお前を見つける、お前が嫌だと言っても俺はお前を抱きしめる…約束だ』

 エディフィルの亡骸を抱きしめ彼女の暖かさが無くなるまで次郎衛門は決して離れなかった。

『約束だ…エディフィル…』



 俺は次郎衛門の過去をこの目で見た、そして体験した。

 それはそこら中でやっているラブロマンス物の映画と変わらない物だったのかもしれない…だが俺はまるで自分に起こった事と同じような感覚に陥っていた、自分の過去なのだからあながち間違いでは無い。

「あれ…?」

 自分の目から涙があふれてきている事がわかった、いつからあふれてきているのかは知らないが涙は確実に流れようとしていた。

「くっ…」

 涙が俺の目から流れ落ちる、一度出てしまうとまるでダムが崩壊したかのように涙が目から落ちていく…。「こんなんじゃ、楓ちゃんにあわせる顔が無いよ…」

 きっと…いやエディフィルは楓ちゃんだ、次郎衛門が俺であるように彼女もまたエディフィルの転生した姿なのだ。

 しかし、それで結ばれたとしよう、例えばの話だが…俺達の過去がそうであっただけで俺は本当に楓ちゃんが好きなのか?愛しているのか?そう聞かれると俺はなんと答えたら良い?

 遠い昔の自分が彼女を好きだったから…なんて言えるわけが無い。

「俺はどうしたら良いんだ?次郎衛門…」

 俺の中のもう一つの存在に声をかける。

『それは、俺の意識でしかない…大切なのは自分が彼女を好きかどうかだ…』

 驚いた事に次郎衛門は俺の問いに答えてくれた。

「俺はきっと彼女を好きだと思う…」

『なら、何がいけない?』

「これがもしお前が昔に交えた約束の力なら俺は…」

『あの時はそう言っただけに過ぎない、現に俺がお前に転生した時には全てを忘れていたのだから』

 確かにそうだ、水門のある川原で覚醒した時奴は楓ちゃんが言った約束の言葉に反応しなかった…ってちょっと待て…彼女は約束を覚えているかと聞いてきたんだ、なら楓ちゃんは…。

「楓ちゃんはまさか…」

『既に記憶が覚醒した、と言うことになる』

「そんな…」

『女は鬼の力を自由に引き出す事ができる、そう考えれば納得がいく』

 確かにそうだ、柏木の女性は鬼の力を自由に扱いこなす事ができる…。

「俺は楓ちゃんを…」

『約束を果たしに行こうか耕一』

 次郎衛門が俺の名を告げる、そうだこんな事をしている場合じゃない俺は、俺は…。

 急いで風呂から出ると、楓ちゃんの部屋に向かう事にした。



 どこで、どう着替えたのかとかそんな事は覚えていない、だが現に俺は服を着て髪を乾かした後であった。

「時間は8:35…」

 どうやら俺はまた約束を破ってしまったようだ、人間失格…そんな単語が頭をよぎる。

『コンコン…』

「ごめん、楓ちゃん遅くなっちゃって」

『ガチャ…』

 扉を開けて中から楓ちゃんが出てくる。

「いえ、良いです…」

「本当はここでも良いんだけど、外で話をしないかい?」

「…わかりました」

 楓ちゃんは少しためらったがそれでも俺に着いて来た、俺は玄関に向かう途中に千鶴さんに出会い。

「少しの間、楓ちゃんと二人で出かけてきます」

 とだけ言って、家を出た。

 それから、目的地に着くまでの間俺達はしゃべらなかった、別に話題が無かったのではないこの貴重な時間を自分か壊すのは気が咎めたからだ。

 そして、目的地にたどり着いた…そこは、あの時からまったく変わらない裏山の水門だった。

「楓ちゃん…」

 先に沈黙を破った、真剣な目をして俺は楓ちゃんを見つめた。

「改めて言わせてもらうよ、久しぶりだね楓ちゃん」

「…?」

 いまいち意味が伝わっていないようだ、それとも気づかないふりをしているだけだろうか?

「一ヶ月ぶりかな?それとも一週間?」

「!?」

 楓ちゃんの顔が愕然としていた、そしてその顔が俺の推論を正しいものにする確かな証拠だった。

「おかしかったんだ、何もかもが俺の知っていた柏木家だった…」

 俺はポツリポツリと語っていく。

「始めは確信が無かった、本当に過去の世界に帰ってきたのかもしれない…そう思っていたんださっきまではね」

「… … …」

「俺が最後に見た景色とまったく同じだったんだ、俺が初めてこっちに着いた時は玄関にはあんな紳士用の靴墨は出ていなかったんだ」

 そう、あれは俺が自分の靴を探していた時に偶然見つけたものだった下駄箱の中に入れ忘れて外に置いておいてしまった物だった。

「そう、だったのですか…」

「聞かせてもらえるかな?住職すらも俺を騙すように仕向けた本当の訳を」

 楓ちゃんは俺を見て言った。

「耕一さんが飛び立ってから今日で一週間と二日経ちました、みんなでこの地区を探し回りましたどこかに耕一さんがいるかもしれないと…それから三日程で少し離れた山の木の下で耕一さんを見つけたのです」

 楓ちゃんが言うのは俺が目を覚ましたところの事だろう。

「その時には既に耕一さんの中に凶暴なエルクゥの力はありませんでした全ての力を使い果たした耕一さんは知らない間にエルクゥを制御する事ができたのです」

 なるほど、どうやら俺は一度みんなの前で寝ていたようだ。

「千鶴姉さんが言うにはこのまま自分が過去に戻ってきたと勘違いしてもらえばどれだけ幸せだろうかと言ったんです、千鶴姉さんも耕一さんの事が好き…でしたから」

 一瞬楓ちゃんの表情が曇る、言わなくても良い事を言ってしまったと言う顔だ。

「私は姉さんの提案に賛成しました、ひょっとしたら耕一さんがあの事を思い出してくれるかもしれない…そう思っていたんですが、駄目でしたね」

 楓ちゃんの頬を涙が伝う、自分でも気づかないうちに泣いていたようだ。

「私の事は…」

 彼女が最後まで言い切る前に俺は口を開いた。

「楓ちゃん、俺のこと…好きかい?」

 ただ一言で良いから教えてくれ、その一言で俺は約束を果たせるんだ。

「いまさら…」

「…?」

 楓ちゃんが声を絞り出すように呟いた、そしてそれは俺が想像していたものよりもはるかに痛々しい一言だった。

「いまさら、好きとか聞かないでください!!」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら楓ちゃんは叫んだ。

「私は、ずっと待っていた!耕一さんがきっとあのときの姉さんと対峙したときに言った約束を!」

「!?」

 俺は驚愕した、そう確かにしたのだ約束を…あの時はっきりと交わした『生きていたら君の事抱きしめるよ』と我ながら助平な約束をしたものだと後悔した。

「それなのに、それなのに…うっうっうっ」

「ごめんな」

 俺は楓ちゃんの体を抱きしめた。

「そうだよな、俺は最低の男だ…自分でした約束すら思い出さないで次郎衛門が交わした約束を先に思い出しちまった」

「えっ?」

 楓ちゃんは俺の胸の中で呟いた、どうやら思いがけない言葉が俺の口から出てきたのに驚いたのだろう。

「全部、思い出したよ…次郎衛門がエディフィルに言った約束と俺が最後にした約束」

「そんな…」

「それを踏まえた時点で俺は君にもう一度聞きたいんだ…楓ちゃん」

『エディフィル…』

「俺のこと『俺のこと』」

 少しの間…俺は続けた。

「好きかい?『好きか?』」

 俺と次郎衛門は同時にしかし問い掛ける人物は違っていた、俺は楓ちゃんに次郎衛門はエディフィルにだ。

「…です」

 楓ちゃんが消えそうな声で答えた。

「好き…です、耕一さんが好きです」

 胸の中で楓ちゃんはそう答えてくれた、彼女の心臓が早鐘のようになっているのが俺にもわかる。

「ありがとう…楓ちゃん俺なんかを待っていてくれて」

『エディフィル…遠い過去の約束確かに果たしたぞ、これからはこいつらに任せて俺達は俺達で静かに生きよう』

『ええ、ジローエモン…』

 もう、夏が終わりを迎える。

 コオロギ達がまるで俺達を祝福してくれているかのようにリーリーと鳴きだした。

「これからは、ずっと一緒だ…楓ちゃん」

「はい、耕一さん」

 俺達は当たり前のようにキスをした、長い長いキスだった。

 まるで今までの時間を取り戻すかのような…。

〜 Do you love me?〜(了)

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                               OREの独り言(あとがき)
いやぁ、これがOREの作った初めての小説なのですが、やっぱ文法やらなんやらがおかしいですね-.-;;
とりあえず、こんな話もOKかな〜とか思って作ってみたお話でした(´ω`)ノシ





この作品はAQUAPLUS様の作品『痕』二次創作物です。
作品へ対するクレームなどは全てORE宛にください。


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